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お気に入りのもの

アテネのホテル−GRANDE BRETAGNE−


(グランド.ブルターニュのホテル案内パンフレットから引用)

私のお気に入りのホテルの1つはこのアテネのグランド.ブルターニュ。

このホテルも、偶然のなりゆきで宿泊することになったのだけど、、、、、

2004年の4月末、たまたま、泊めてもらうはずだった友達が事故にあい、夜中の3時に病院から市内に戻ってきてからのホテル探し。
どこのホテルもフルブッキングでそのうち野良犬に(アテネの町は嫌なほど野良犬が多いです)追いかけられ、逃げ込んだ先がこのホテルだったのです。

How are you doing?

と聞かれて、朝の4時にホテルを探さなくちゃいけないのは気分がいいことではないわね。と答え、値段が250ユーロ(37500円)。
疲れていて、野良犬のもとに戻る元気がなかったので払いました。
パリに戻ったら仕事いっぱいもらえます様に。。。。。

向うも、こんな朝方ホテルを探している日本人を不思議に思ったのか、
とても上手に申し訳なさそうに今までホテルが見つからなかった理由を聞かれました。
さすが、アテネ1の高級ホテル。とても、上手な質問の仕方です。
理由を話し、部屋に案内されると、私が払った料金より1ランク上の部屋でした。あのレセプションの男の人の配慮だと思います。

あまりにも、大理石のバスルームが素敵で、朝5時だったにもかかわらず、
バスタブにお湯をためだしました。

そして、そのとき辛い事件が重なって傷ついていた私にこの部屋は、夢を与えてくれました。

こんな生活してる人がいるんだ。私もこんなホテルに泊まれるよう早くなりたい。と決意しました。



それから、8ヵ月後、年末をすごす為に、再び(3泊もしちゃいましたさくらんぼ)。

こんなに早く夢がかなうとは。。。。。



この頃は働きすぎでやせてました。食べても食べても、やせていく。



今は、生活のバランスをうまく取ることを心がけ、


2006年新年再び、ギリシャです。



ここまで、ふっくら、普通にもどりました。人生のバランスは本当に必要です。

  • 2006.09.29 Friday
  • 23:29

netshopオープンへの道

netshopオープンへの道 VOL9 −初めてのコンプレックス−

ところで、コンプレックスってご存知ですか?
実はわたし、社会人になる前、容姿のコンプレックス持っていたのですが、
働くと同時に消え去ってしまいました。
だから、仕事が好きなのかもしれないですね。自分に自信が持てる。


なのに、すっごいコンプックスを経験することなったんです。
でもって、解消するのに3年もかかりました。

言葉を覚える為に3ヶ月だけと思って働き出した会社に気がつけば半年。
まあ、それなりに居心地よかったんですけどね。
フリーランスの請求書や、公式の手紙などわからないことは聞けたし、
みんなにかわいがってもらってました。


ただ、やっぱり、何回も説明するのは、
仕事なのでイライラすると思います。
フランスはサンプルを縫う人が同じアトリエ内にいるのですが、
説明が思うようにできない。
こうゆうことはみなさん経験してると思います。

ちょっとした無駄話のときも表現ができない、
誤解されてとられてもその誤解すらとく表現ができない。


惨め。すっごい惨めです。
大の大人できちんと仕事したことのある人間が
5歳児のようになってしまうのだから。


もちろん、まわりのフランス人には、
私が表現できない問題なんてどって事ないことです。
仕事さえできていればいいのだから。
私が悲しんでいた事実なんて知らないと思います。


物事を表現することのできない語学力のなさ。
このとき、初めてコミュニケーションの重要さを知りました。
自分の魅力を表現できない。
話題の中に入っていけない。
みんながどーして笑っているのかもわからない。
子供の頃のクラスに打解けない子の気持ちがはじめてわかりました。


ただ、それでも、その中で聞いて、耳を鍛えて、
少しづつ言葉を覚えていかなくてはいけなかった。
また、わたしのリーダーシップ派の性格のせいで
これほど辛く感じたのかもしれないですけどね。


”言葉で語るのではなくて行動でしめす”といっても、
最低限の言葉による表現力は要ります。



フランス人との仕事、コンプレックスの始まりでした。

 

 

つづく・・

 

 

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  • 2006.09.29 Friday
  • 00:10

netshopオープンへの道

netshopオープンへの道 VOL8−パリに引っ越す−

2000年12月、私はパリに引っ越した。
半日の内勤の仕事以外は家で仕事をするので、
郊外のスチューディオでは、手狭になった。
また、自分のブランドを始めたいと思いだしているのだが、郊外だと
なかなか学生スタージュが来てくれない。



40平米で8万ぐらいで押さえたい。
が、そんなことは不可能なはなしだった。
なぜなら、日本のフリーペーパーに載っているものは
一般のものより2万円ぐらい高い。
(フランス人大家さんできれいに使ってくれる日本人に貸したい人は
良心的な値段だけど。)
フランスの不動産屋や新聞だと、保障がいる。
(過去3ヶ月分の給料明細書、家賃の3倍の所得などなど)
こんなときフリーランスは保障がない。


だから、少し探しだして時間の無駄だとあきらめた。
それにそのスチューディオの
バスルームのタイルがレモン色でかわいかった。
窓から見える大きな木の庭も気に入っていた。
郊外の穏やかな暮らしも好きだった。


9月のある日、インドに住んでいるフランス人の友達が
パリに来ていたので、マレのオーガニックの店で一緒に食事をした。

偶然にも、彼の元彼女が住んでいる彼のアパートが空くらしい。
値段も70000円(当時の話)にしてくれると言う。

やったー。
わたしって本当にほしいものが手に入る人。
本当にラッキーです。

元彼女ナタリーは、前に
まだ彼らが付き合っていた頃4,5回あっている。
アパート見物を兼ね、夕食に呼ばれた。

いく道々、移民の多い地区を歩いて考えた。
私はここには住めない。
食事中、治安について質問しまくった。


帰り道も、値段は魅力的だけどやっぱり住めない。
と思っていたのにまるでいい映画を見た後のように
じわじわと住みたくなってきた。
食事中にまどから見えた夜景が忘れられなかったのだ。


そして、その決断をしてよかったと今、心から思える。

 

 

つづく・・

 

 

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  • 2006.09.28 Thursday
  • 20:09

お気に入りのもの

Attikiのはちみつ−飛行機が飛ばなかった偶然−

あれは2005年の新年。
1月3日。飛行機の中で3時間あまり待たされた後、技術的な問題でそのフライトがキャンセルされることがアナウンスで告げられた。

まず、エアーフランスのカウンターにいってチケットを変えなくてはいけない。五つ星ホテルソフィテルと夕食と朝食が航空会社から用意されたが払い戻しは一切なしだった。

私としては高級ホテルのソフィテルにただで泊まれるのだから、それでも嬉しいことだった。

ソフィテル.アテネ.エアポートホテル


私は席の隣だった女の子たちと行動を共にした。そんな経験は私には初めてだったし、何かと旅行慣れしてるフランス人の女の子と一緒のほうが安心だった。おまけに年末を家族や恋人同士で過ごした人たちだらけで独り者は私達だけで寂しいのもあった。

そのうち、ディオールで働いてると得意そうに威張ってたギリシャ人の女の子は金持ちそうなお父さんが迎えに来て一緒に消え去った。

やっぱ、ディオールはコネか?


とにかくそのカウンターは2人しかいなくてなかなか進まなかった。おまけにギリシャ人の里帰り客は人が待ってようがかまいなしにカウンターの人と長話をする。みんな、怒ってながらも、この経験にエキサイティングしてるようだった。よるの11時を回ってるというのも手伝ったかもしれない。
ふと、日本人の家族がいることに気がついた。
ほとんどの案内はフランス語かギリシャ語だったのでその日本人の女の子が
英語で説明してくださいと叫んだのだ。

私は事態を日本語で彼女に説明した。そしたら、彼女から、「これはエアーフランスのせい?それともギリシャ?」と聞かれた。
日本人がこの事態におちいったらわけがわからないだろう。
物事をスムーズにいかせる試みがされてないのだから、
おまけにギリシャ人のセキュリティーの男の人はきちんと並んでくれなかったら警察を呼ぶとまでいった。私達は被害者なのに。

そのうちみんなの中で被害者仲間意識が芽生え、ホテルとかでも会話するようになった。チケットが深夜2時にもらえてから夕食をとり、素敵な部屋で眠った。

次の朝、ビッフェ形式の朝食を3人でとっているとき、その中の女の子がはちみつを5つも机の上に乗せていたので聞いてみた。

有名らしい。食べてみた。味が濃くておいしい。
私は今までけっしてはちみちのファンじゃなかったけど、はまった。
それからは、ギリシャに行くたびに買ってくる。

今朝なくなったのでビンに詰め替えようと思ってなつかしい話を思い出した。

  • 2006.09.27 Wednesday
  • 19:50

ファッション

2007年春夏ニューヨークコレクション

昨日、コンプレックスについて書くと宣言したのに、予定変更です。
なぜなら、過去を思い出す作業に疲れだした?
やっぱり、ネガティブな話題はあまり好きじゃない。
今、思い出すと大変だったなあと思うけどそのときはそれなりに楽しんでました。楽しい

そして理由は今朝、定期購読のJournal du Textile(フランスのファッションビジネス新聞)が届いて、ニューヨークコレクションの速報が載っていたので、これまた、見た瞬間の感じたことを忘れないうちに書いておきたいと思います。

デザイナーとかアートに関わる人って、この感覚部分なものにすごく左右されると思います。
理由なんて聞かれても、 ”そう感じる” だけなのです。

日本で働いていた頃、どうしてこのデザインにしたかをいつも説明しなくてはいけなくてすごく困ってたのを覚えてます。
後でこじつけの説明をつけるとか?
フランスで働き出して、楽になりました。理由を聞かれないからです。

そんなことはさて置き、来夏のニュー.ヨークは まず、ホワイト&ブラック。全身、ホワイト。全身、ブラック。または、シロとクロのプリント柄。コントラストですねー。

デザイン的には80年後半や90年初めの再来でしょうか?
キャリアっぽいものが目立ちます。

やっぱり、景気の回復?

それでも、あの頃はとっても、女ぽくって美しかったのに比べて、来夏は自己を確信している賢明な思慮深い女と言ったところでしょうか?

最近、日本でも働く高収入な女の人が増えてきているのでそんな彼女達の洋服デザインしてみたいなあと思っていたところなのです。
なので、久々のキャリアテイスト(っていうのだろか???)にびっくりしてます。

あとはミニは健在ですね。タイトラインのスカートも引き続いてます。
新しいところでは6分、7部のパンツですね。細めのものからふっくらしたものまでバリエーション鮮やかです。

デコルテは大きな?字かいてます。 



来年の夏はパワフルな夏になりそうです。


写真を載せたかったのですが、フランスでの著作権の問題に詳しくなくて今回は写真なしでいかさせてもらいます。
次回までには勉強しておきますね。

では、MEGUデザイナーの勝手な分析でした。
  • 2006.09.26 Tuesday
  • 20:55

netshopオープンへの道

netshopオープンへの道 VOL7−フランスで仕事をする−

私のフランス人への仕事に対するイメージは2種類ある。
それも、前半3年間と後半3年間ではイメージが180度違う。

前半3年間は多くのフランス在住の日本人が持ってるイメージ。
後半3年間はとってもいいイメージを持っていて、
みんなに事実を伝えたい気持ちです。


本当に前半3年はイライラした。
私たち日本人は世界でもっともスピーディで
持つことが苦手な人種だと思う。
そして私たちは世界一の正直者だと思う。
そんな私たちがゆっくりなラテンの国で仕事をする。
で、もって、私が初めて内勤で仕事をした会社は
動物園(アパレルです)だった。
比較するものがない私は、日本と比較をし、
この国で暮すのは楽しいけど、仕事はまっぴらだ。と、
将来への希望が持てなくなりつつありました。

それが、自分のブランドを始めるきっかけとなったのは確かです。
幸せ1番思考のわたしは運命のいたずらに負けるのが嫌なのです。
ならば、幸せになれる方法を探す。

では、なんで日本に帰らなかったのと言うと
帰りたくない理由が他にあったから。
まあ、そのへんはみな様の想像にまかせます。


前にヴィザをとる時に仕事をした会社で
1型分の代金を頂いてないので夏休みあけに電話をしたのが
ことの始まりでした。

1日4時間、内勤で働いてくれないかという向うの提案に戸惑いました。
その会社の商品はあまり好きでなかったのと
その有名なサンティエ界隈で働くのに抵抗があったからです。


ただ、仕事を見つけるのは、許可証があっても大変でした。
いや、多分、フランスで働くという別の価値観を受け入れるのが
大変だったのだと思います。
後はコンプレックスが邪魔しました。
このコンプレックスについては次回に書きますね。


だから、決めました。
生活していかなくてはいけないし、
このコンプレックスになっている言葉を覚えるのにいいチャンスと捉えて。。。。。

幸い、向うはわたしがフランス語を話せないのを受け入れてくれてました。
今、思えばとってもラッキーなことです。

そして私のフランス人との仕事が始まったのでした。

 

 

つづく・・

 

 

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  • 2006.09.25 Monday
  • 19:55

netshopオープンへの道

netshopオープンへの道 VOL6−仕事用ヴィザ申請奮闘記−

フリーランスの人が税金とは別に払わなくてはいけないものがある。
その内の1つがURSSAFである。

そこでフリーランスの活動をする登録をしなくてはいけない。

が、が、が、

許可証を持ってない者は登録することができないと言われた。
あたりまえのこと。

次の日、またおじさんに会いに行った。
が、登録が先だと言う。
ここでも、”鶏の卵”だ。
そんなことで3往復をして疲れだしたので、例の日本人君に連絡してみた。

仮許可をもらってからURSSAFに登録する。らしい。

が、おじさんは仮許可をくれない。
URSSAFに行った。運良くいいお姉さんに当たった。
彼女は前にもそういうことがあったと、
こんなたらい回しにされてと同情してくれ、
おじさんから彼女のほうに電話するよう連絡先をくれた。


その足でおじさんの所に行ったがおじさんは聞き分けがない。
終にわたしはぶちぎれた。

「日本に帰れっていうの?それとも、この為にパリに引越せっていいうの?だいたいどーして自分の仕事がわかってないのー」



あまりにも、大きな声でさけんだから、周りに人がみんな集まってきた。
おじさんがたじろき、「ちょっと待ってて」と姿を消した。
みんなが私を悪者の目で見ている。
だが、きぜんとして待っていた。


2時間が経過した。一人で待っていた。
おじさんはどこに消えたのだろう。
やっぱ。パリに引っ越そうか。
引越しはお金がかかるし、条件のいい物件は見つからないだろう。
その頃(現在でも)のパリの住居は家賃が高騰中だった。

おじさんがニコニコ戻ってきた。仕返しだろうか?
「いやーいろいろ電話かけてみてね。君の言うとおりだったよ。仮許可を作るから写真今日持ってる?」

やったあああああ ラブ 取れた。
まだ仮だけど、仮がでたら もう取れたようなものだ。


帰る道々、考えた。大変だったけど、
反対に向うがやり方を知らなかったおかげで一社だけの証明書で取れた。
これがパリだったら、無理だったに違いない。
なぜなら、申し出る人が多い為、
書類が揃わないものは第一選考で落ちるようなものだ。

またしても、悪運が強い。

 

 

つづく・・

 

 

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  • 2006.09.24 Sunday
  • 23:08

netshopオープンへの道

netshop.オープンへの道 VOL5 −仕事用ヴィザ申請奮闘記−

新しい会社に行く道のり、私はどきどきしていた。
社長に仕事依頼の証明書を書いてもらう為に歩いていた。
ヴィザ更新のために書いてほしいと言うつもりだった。
ただ、私は嘘がきらい。

私が私の人生においてもっとも嫌いなこと。。。。。

後悔。
やる前にあきらめること。
うそ。

うそが嫌いというととっても真面目くさい印象があるかもしれない。
うそをついたことがばれたり、それについて心配するのが面倒だし、
潔く生きたい私には、嘘という行為はとっても、せせこましく感じる。
でも、フランス人は外国人のヴィザがどーなってるかなんて知らないし、
面倒くさがって知ろうともしない。

しょーがないのだと自分に言い聞かせた。


がーん

まだ、1ヶ月しか仕事をしてないから、そういう証明書は書けないと言われた。

私の申請の為のアポイントは2日後なのに。。。。。
やっぱり、うそついた罰だ。

とっても、憂鬱になった。また日本に戻ってお金ためて戻ってくる根性はない。

だが、次の朝、目が覚めるとなんか、もしかしたら1社でもうまくいくかもしれないと思った。
そう、私の長所は立ち直りがはやいこと。
どっちみち、アポは明日だ。行くだけ行ってみよう。

11時のアポなのに2時間待って、やっと窓口にいけたにもかかわらず、
窓口の人は学生からフリーランスに書き換えるやり方を知らなかった。
いろんな人が集まってごちゃごちゃもめ、
最終的に他の商談室みたいなところに呼ばれた。
おどおどした感じのおじさんでとても上司に見えない。

おじさんは先にフリーランスの登録する事務所にいって登録書類を持ってきてほしいと言う。

このとき私は自分がこの謎解きをしなくてはいけなくなることをまだ知らなかった。

 

 

つづく・・

 

 

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  • 2006.09.23 Saturday
  • 20:00