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ファッション

パリの生地の展示会 ープルミエール.ヴィジョンー

今日はヴィザの話を休ましてもらいます。
続きを気にしてる人がいるのも、とっても承知なのだけど。

記憶が鮮やかなうちに書いときたい。
パリの生地の展示会に今日行ってきました。
わたしがデザイナーになった頃、先輩たちが毎回、各セクションから順番に行かさせて
もらってるのをみて、
早く私も行けるようになりたいと仕事を頑張ったものでした。

その頃は、デザインが毎回、(本当に毎回)チーフになおされていて
自分はお洒落好きだけど、何もないところから生み出すことには
向いてないのじゃないかと悩んだり、泣いたりしてました。
ましてや、自分がフランスに住むことになって、しかも、パリで仕事をするなんて
これっぽっちも考えてなかった。
もう、仕事を覚えるのと、はやく使える者になりたいと必死でした。
結局、いけそうなときを前にしてヴィヴィアンの仕事が決まってしまい、
このチャンスものがしたくない。とプルミエール.ヴィジョンは夢となってしまいました。

最近、日本からの出展者もすごく増えてますね。
知ってる人にあわないかしら、なんてブース(スタンド)覗いてみたり。
でも、月日が経ちすぎてお互いわからないんだろーなとは思います。

今回は2007年、2008年秋冬の生地の展示会だったのですが。
ノーブルですね。
今までのナチュラルかんとかなくなってしまって、高貴な色、プリント柄、チェックまでシックでした。
いや、シックと言うより高貴。
やはり、世界的に景気が回復してるのが理由でしょうか。
贅沢な雰囲気のものをまといたい?

景気の悪い時って、モードがやさしい系やナチュラル系になりますよね。
疲れてて、ホッとした感じのものを周りに置きたくなるのでしょう。

色的にはブッラクを中心に濃紺とか、クロっぽい種類(でも、グレーではない)のものが
大半をしめていて、それに、ウグイスや風呂敷の紫がかった淡ピンク。
うーん着物に使われる色が多かった。中世の頃のドレスのような生地とかモチーフとか。。。。。
やっぱり、お高い位のものばっかですね。

後、面白かったのは人。
前回はみんなハーフパンツはいてました。
今回は、もう、みんなレギンスはいてました。
年々、ファッション業界の人は個性がなくなり、
流行、一点張りの傾向がつよくなってるような。。。。。


でも、生地を見るより、人を見てるほうが楽しいですね。
お洒落な人は本当にお洒落です。ただ、カメラが会場で使えないので
ざんねん。

アー、今日は楽しい話題だったから簡単にかけちゃいました。
でも、どきどきして待ってるみなさんのためにヴィザ早く取れるところまで
がんばりますね。では、また



  • 2006.09.22 Friday
  • 02:12

netshopオープンへの道

netshopオープンへの道 VOL3−仕事用ヴィザ申請奮闘記ー

おばさんはやっぱり迫力の怖さだった。
でも、今ならきっとうまくやれると思う。
フランス語も話せるし、どう接すればいいかも心得ている。
ひどい態度には反対に丁寧に接するのだ。
そーすると、とたんにばつの悪そうにやさしくなる。
(ただし、下手にでず、堂々と振舞わなくてはいけない。)

反対に今ならわかる。彼らは毎日、いろんな国からきた
言葉も満足に話せない人を相手にしてる。
おまけにこんな言い方は悪いかもしれないが、
私たちのように先進国の教育を受けてない国のひとたちもいる。

イライラするのだろう。そのストレスがいじめに変わるのかもしれない。
とにかく無事もらえた。

外にでて、メトロに着いたとき、ヴィヴィアンのマフラを
落としたのに気がついた。

昔、ア.ストア.ロボットに入った頃、LOCHCARRONとVIVIENNEのコラボで
作られたマフラでもう存在しない。
母にプレゼントであげたものを、母が日本をたつときにくれたのだ。
「フランスは寒いから持ってきなさい。」と
まだ、2週間しか使ってないのに。。。。。
探しにもどったがみつからなかった。

悪いことの後にはいいことがある。
仕事が簡単に見つかるかもしれない!
いや、とことん苦戦した。
私の計画はこうだった。

ソルボンヌの授業を朝1番の8時半にとった。
もちろん午後からスタージュ(学生の研修)をする為に。。。。。
スタージュで認めてもらって必要な人となってポストをもらおうとしていた。
ところがスタージュが決まらない。
経験者のわたしはスタージュにとってもらえない。
とってもらえるところはそれどころかほしがられるのはお金をだして人を雇えないような
弱小企業ばかりだ。
私の人生かかってる。慈善事業してる場合ではない。
半年が経過してしまった。あせる。夏休みに突入したからどーしようもない。
イギリスに英語を習いに行くことにした。(この話もまた今度)


10月、作戦を変更。
このままでは、ヴィザを切り替える前に日本に帰ることになってしまう。
今まで嫌がっていた日本企業を許容範囲内にした。
10月末、オブニ(ぱりの日本語フリーペーパー)でパタンナーの募集を発見。
デザイナー希望だが、期限切れがせまってる。選んでられない。
電話した。試験を受けた。デザインはかわいかった。
おまけにフリーランスのヴィザの書類に協力してくれると言う。
日本でそのとき飛ぶ鳥を落とす勢いだった某ブランド。

万が一日本に帰ることになっても、履歴書にいいかもしれない。
 

 

つづく・・

 

 

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  • 2006.09.19 Tuesday
  • 20:08

netshopオープンへの道

net shop.オープンまでの道 VOL.2ー仕事用ヴィザ申請奮闘記ー

嫌な過去を思い出す作業なのでついつい、更新がおそくなってしまいました。

成功する留学やその他のもろもろのいろんなガイドに悪名高く
登場するこの滞在許可書申請は、うわさどうりの
留学生の1番最初の難関なのです。
(アパート探しに苦労する人もいるけど。。。。。
私も2ヶ月家なし子だった。この話はまた、後日)

 
私が取りに行った1999年はまったくひどい状態で、
(最近はだいぶと対策がとられてましになったとのこと)
1月の冬の寒い中、建物の中に入れるまで何時間も列を作って待たなくてはいけなかった。
なのに、書類が1つ足りないだけで、ようやくたどり着いた窓口で追い返されてしまう。
私の前の子がそうだった。ああー可哀想に。彼女はまた明日ならぶのだろう。
私は、2回目のフランス留学なのでばっちりである。
ただ、悟られないようにしなければ。。。。。
のちのちフランスで働きたいことを。

フランスで働くには以下の5つの方法が主である。

●フランス人と結婚してヴィザを貰う。(これが1番簡単、最近はパックスと言うもっと簡単なのもある。)
●正社員用ヴィザをもらう
●フリーランス用ヴィザをもらう
●ワーキングホリディで来る(ただ更新がきかない)
●学生ヴィザで週20時間まで働ける。(ただ、行く学校の名前しだいで許可がでないときもある)

*追記:2007年7月より、学生ヴィザで、申請なしで週20時間まで、アルバイトができるようになりました。

このうち正社員とフリーランスは日本申請と現地で学生ヴィザから切り替える方法がある。
日本からは必要書類が多すぎる。取得もむずかしい。(却下)
フランスでの学生からの切り替えにしても、”鶏の卵”の仕組みになっている。
なぜなら、仕事を見つけれないと申請できない。でも、許可証を持ってないと会社は雇いたがらない。
ましてや、フランス人はめんどくさがりやだ。
そんな面倒な思いをするのなら、もう、すでに許可証を持ってる人にしたほうがいいに決まってる。
おまけに申請してから取得まで最低3ヶ月、もしくは半年かかる。
その間、よっぽどほしい人でないと待ってられない。
幸いわたしはデザイナーだ。フリーで仕事できる。
そう、計画はばっちりたてた。1年間の留学費用。
その間に仕事を見つけるのだ。

ただ、学生ヴィザを貰うときにそんなことを1言もいってはいけない。
鶏の卵の仕組みを作ったほどだ。
「運がよければ働きたい」などと言えば、学生すらもらえない。
日本に強制送還の可能性もある。

あー私の番だ。窓ぐちのおばさんはこわそうだ。

と、今日はここまで。続きは頑張って明日書きます。
と言うことはタイトルを仕事用ヴィザから学生ヴィザに変えなくてはいけない?????
脱線だらけのわたしのブログはいつそこまで到着するかわかんないので
このまま許して!

 

 

つづく・・

 

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  • 2006.09.18 Monday
  • 12:34

netshopオープンへの道

netshop. オープンまでの道 VOL1ー自己紹介の編ー

はじめまして、平野恵美です。
(わあっ、ひさびさの漢字で見る自分の名前にちょっぴり驚いてます。)
そうです。1999年からパリで暮しています。
ローマ字で書かれる私の名前は(megumi hirano)丸みが
多くてやわらかい感じがするのに、、、、
漢字で書く私の名前はこんなに角ばっているんだ。
6年間、見慣れていなかった。。。。。


ざっと、今回、ネットショップをオープンすることに
なったいきさつを書きますね。
その前にパリに来てからのここまでのいきさつのほうが
みなさまには興味あるのかしら?
この間も、ギャラリーラファイエットで(パリのオペラにある百貨店)
たまたま、"MIU MIU"の同じ靴を試着していた日本人の女の子に話しかけたときも
彼女からスター扱いされてしまった。

「スゴーィ。スゴーィ。スゴーィ」

何がすごいのだろ?
”私はデザイナーでフリーランスで仕事していて、おまけに自分のブランドの会社を経営している”
とは1言も言ってない。

「学生?」と聞かれたから、「働いている」と答えただけだった。
彼女からしたら、憧れのパリで働く日本人なのだろう。
わたしには、自国で働いて日本の休日でないときに
パリに旅行で来れる彼女のほうがすごいと思った。

自国を離れると、日本のよさがすごくわかる。
あと、ツーカーでわかりあえるのも同じ日本人。
特別な目で見られないとか、当たり前だ。周りがみんな日本人なのだから(笑)
それでも、わたしはパリの生活が好きだ。
個人を尊重してくれるところ、無条件で助けてくれるところ、
今朝も4階の女の子が向かいにすむ1人暮らしのおばあさんに
「買い物行くけど、ついでに買ってきてほしいものある?」
と声をかけていた。

人間や、人生の豊かさを感じる。

わたしがフリーランスの仕事をしている会社の女の子も、
私が取りに行かなくていいようにいつも仕事を持ってきてくれる。
(彼女はわたしの近所にすんでいる。会社は郊外にあって遠い。)
わたしからすれば彼女はクライアントなのに。。。。。


私の感動話になってきてますね。今回はこの辺で
終わりにしたいと思います。
余談でかなりそれてしまいましたが、
今の私の現状は今回ざざーっと書いたとおりです。
要約すると、
1999年より、パリ在住 
1999年より、フリーランス デザイナー
2002年に、MEGULIMITED 設立
2002年 1月 初のMEGUの展示会をパリ、ポルート.デ.ヴェルサイユのプレタ.ポルテにて開催。
運良く、日本、ヨーロッパのセレクトショップからオーダーをもらう。
2006年 2月 オンラインショップを始める事を決意する。
2006年 9月 オープン(やったー) 

次回は、仕事用ビザ申請の奮闘気を書いてみたいと思います。
では、なかなか余談が多くて進まない私の”netshop. オープンまでの道”
楽しみにしてくれるファンができることを願ってます。

 

 

つづく・・

 

 

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  • 2006.09.13 Wednesday
  • 17:20